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名古屋地方裁判所 昭和45年(そ)4号 決定 1970年6月18日

主文

請求人の本件補償請求を棄却する。

理由

一、本件請求の要旨は、請求人は、騒擾卒先助勢、爆発物取締罰則違反被告事件につき、起訴審理され、昭和四四年一一月一一日、名古屋地方裁判所において、前記各罪のうち、後者につき無罪の判決を受け、右判決は控訴期間満了により確定したところ、請求人は、右爆発物取締罰則違反の罪を理由に、昭和二七年一〇月八日から同年一二月二二日までの七六日間、逮捕・勾留されたので、刑事補償法に基づき、右拘禁につき、一日金一、三〇〇円の割合による補償金を請求する、というにある。

二よって、按ずるに、請求人に対する前示各被告事件の関係記録によれば、請求人が、いわゆる大須騒擾事件に関連し、昭和二七年一〇月八日、「昭和二七年七月七日、名古屋市中区岩井通り大須球場内において治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的をもつて爆発物である火焔瓶約一〇個を所持していた」との爆発物取締罰則(第三条)違反の罪の嫌疑を理由として逮捕され、引続き同年一〇月一一日以降も、右被疑事実を基礎に、刑事訴訟法第六〇条第一項第二、第三号の理由あるものとして勾留され、同年一二月二二日、保釈により身柄を釈放されるまで、通算七六日間にわたつて拘禁されたこと、請求人が、同年一〇月三〇日付をもつて「治安を妨げ身体財産に危害を加える目的を以て昭和二七年七月七日、大須球場に於て、爆発物である火焔瓶約一〇個を所持し、同日午後十時頃右球場に於て火焔瓶一個を携帯して暴徒の隊列の前部に加わりスクラムを組んで『わつしよ、わつしよ』と叫んで気勢を挙げつつ岩井通四丁目一二番地附近路上まで行進し他人に卒先して勢を助けた」との騒擾卒先助勢、爆発物取締罰則違反の各事実について、公訴を提起されたこと、請求人が、前記身柄拘禁中、右各罪が相互に密接な関連性を有することなどの事情から、同年一〇月二二日、騒擾卒先助勢の罪について、同年一一月一三日、一一月二一日、騒擾卒先助勢、爆発物取締罰則違反の両罪について、検察官から取調べを受けたこと、請求人らにかかる前示被告事件の第一回公判期日が昭和二七年一一月二二日開かれたこと、請求人にかかる前記被告事件中、爆発物取締罰則違反の点について、昭和四四年一一月一一日、名古屋地方裁判所において、無罪の判決がなされ、これが控訴期間満了により確定したこと、および、同時に、騒擾卒先助勢の点について、騒擾附和随行として、有罪の判決が言渡されたが、請求人においてこれを不服として、名古屋高等裁判所に控訴し、現在右有罪部分は同裁判所に係属中であることが各認められる。

三そこで、請求人の本件請求の適否を検討するにあたり、まず刑事補償法第一条第一項、第三条第二号にいわゆる裁判の意義について按ずるに、右各裁判とは、被拘禁者に対し刑事補償をなすにつき、その前提となるものであること、ならびに刑事補償制度の根本趣旨にかんがみれば、いずれもこれを確定の裁判を意味するものと解するのが相当である。

したがつて、一個の裁判によつて、拘禁の基礎とされた単純一罪について無罪の裁判がなされた場合であると、また、一個の裁判によつて、拘禁の基礎とされた併合罪の一部について無罪の裁判、他の部分について有罪の裁判がなされた場合であるとを問わず、被拘禁者であつた者が刑事補償の請求をなすについては、その拘禁の基礎とされた罪が、原則として、全て確定していることが要件と解され、ただ、併合罪にかかる罪の一部が未確定でも、他の部分が無罪として確定し、かつ、当該身柄拘禁が、実質上、右無罪の確定した罪を基礎としてのみなされていたことが明らかである場合に限り、これを拘禁の基礎とされた単純一罪にかかる罪について無罪の判決が確定した場合と同視し、同法第三条第二号の適用のらち外にあるものとして、例外的に、同法第一条第一項の規定に基づき、刑事補償をなしうるにとどまる。

四そこで、これをいま本件についてみるに、請求人にかかる併合罪については、その一部が有罪とされ、しかも、これが未確定であることは、前示のとおりであるし、また、請求人にかかる前示身柄拘禁は、形式上、無罪判決の確定した罪を基礎としてなされているものの、拘禁中に前示未確定の罪についての三回にわれた取調べも行なわれるなど、現実に、右罪の捜査に利用されていることが明らかであるほか、被拘禁者にかかる身柄の確保や、身柄の外部との遮断の点においても、右拘禁が、起訴の前後を通じ、前示未確定の罪の公訴提起、公判審理のため、事実上、利用されてきたことは関係記録にてらし容易に看取でき、結局、請求人に対する前示身柄拘禁は、その主従はいずれであれ、実質上、無罪判決の確定にかかる罪、有罪判決の未確定にかかる罪の両者のため、なされたものと認めるのが相当でこれをもって、前示例外の場合に該るものとすることはできない。

五なお、この点について請求人は、同人にかかる本件身柄拘禁は、無罪となつた爆発物取締罰則違反の点についてのみ許されたもので、これを事実上、他罪のためにする捜査や身柄確保などに利用すること自体が違法で、かかる違法な措置がなされたことの故に、かえって、請求人において、早急に受け得べき刑事補償が受けられないのは不合理で、直ちに、いま刑事補償をなすべきである、と主張するので、これを按ずるに、本件においては、その公訴事実にてらしすでに明らかな如く、拘禁の基礎とされた罪と右拘禁を事実上利用し、捜査、公判審理をなした別罪が、日時、場所、犯行態様などの点で相互に密接不可分な関係を有し、爆発物取締罰則違反の罪についてなされた拘禁を騒擾卒先助勢の罪に関する捜査、公判審理のため、事実上、例外的に、利用することもあながち違法とは断じがたく、結局本件については、請求人主張の如くある罪に基づく拘禁を別罪のため「違法」に利用した事実、その他刑事補償法第一条第一項ないし第三条第二号に関する前示の解釈を左右し、請求人に対し、現在直ちに刑事補償をなすに足るだけの特段の事情は、いまだこれを認め得ない。

六よって、請求人にかかる本件請求は理由がないものと認め、主文のとおり決定する。(野村忠治 川瀬勝一 鬼頭史郎)

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